言い訳~blanc noir~
 美樹は俯くと肩を震わせた。

 ぽたり、ぽたり、と涙が冷たい大理石の床に落ちていく。


 その弱った美樹の姿に思わず胸が傷んだ。


「美樹ちゃん」


「ねえ、もう私の事好きじゃないの? 好きじゃないならはっきりそう言って?」


 美樹が嗚咽交じりに顔を上げた。

 いつもは気が強くてプライドが高い彼女の姿からは想像が出来ないほど縋るような瞳をしていた。


 その瞳を直視出来ず、今度は和樹が目を伏せてしまった。


「もう辛いの。毎日毎日椎名さんの事ばかり考えて、今日は電話あるかも、今日はメールがくるかもって思いながら過ごすのは辛いの。私の事が嫌いになったならそれでいいから。そう言ってくれたら諦めるから。他に好きな人出来たの? もう私たちやり直せないの?」


 嫌いになったんじゃない。美樹以上に思う人が出来たんだ。


 その言葉がどうしても言えなかった。

 美樹に対して他の女に心変わりしたと言えば美樹は激しく傷つくだろう。女としてのプライドを引き裂いてしまうはずだ。

 そんな事したくなかった。


 ただそれは言い訳でしかない。

 自分が悪者になる事が嫌なだけだ。


「ごめん」


 結局、美樹にとっては意味不明な謝罪しか出来なかった。


「何がごめんなの? 何に対しての謝罪なの?」


「……」


 最低だと思う。

 美樹の問い掛けに何も答えられない。美樹の消え入りそうな声と泣き顔に罪悪感が押し寄せる。今ならここで美樹を抱きしめ「仲直りしよう」と伝えればぎりぎり修復は出来るだろう。

 ただそうする事が沙織に対する裏切りのように思えてならなかった。

―――相手は人妻で、自分に特別な気持ちすらなさそうだと言うのに俺は何を馬鹿な事をしているんだ。


 こんなにいい女を自ら捨てようとしている事が信じられなかった。
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