大江戸ロミオ&ジュリエット

その当時の江戸の町奉行所には、与力が南北各二十五騎、同心が南北各百人召し抱えられていた。

いずれも、初めは一代限りの登用であったはずが、いつの間にか親から子へと世襲になっていた。
子がおらぬ場合は養子を取って跡を継がせた。

同心の御役目には、与力が扱う文書の面倒なところを丸投げされる「年番方物書(ものかき)同心」のような机上のものから、町を巡って警戒する「定廻(じょうまわ)り同心」のように体力勝負なもの、またその定廻りを古参が指導したり補佐したりする「臨時廻り同心」のような今までの経験を要するものまでさまざまある。


島村となった尚之介が任ぜられたのは、咎人(とがにん)の疑いのある連中のところへ、身分を明かさず変装(やつ)して潜み、密かに(あかし)を集める「隠密廻り同心」であった。

剣術に()け、学問にも秀で、しかも手先が器用でなんでもすぐに習得する尚之介にとっては、天分とも云える御役目であったが。

我が身一つで敵陣へ乗り込む御役目なのに、咎人を引っ捕らえる権限がないなど、かなりの身の危険を伴った。

しかも、御役目を担うのは南北各百人いる同心の内の各二人ずつで、南北合わせてもたった四人しかいない。

さらに、無闇矢鱈(むやみやたら)に顔を知られては、密かに潜んで御役目を果たすことができぬゆえ、同じ奉行所内に務める同輩たちとも疎遠になる。

島村の家に養子に入って、いきなり北町奉行所で同心として務めを果たすことになった尚之介にとって、この御役目は大抜擢だと周囲からは云われた。

ところが、実は奉行所にとっては、名を変えてまだ同心たちにさえ顔を知られていない尚之介こそ、好都合な「適材」だったのだ。

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