大江戸ロミオ&ジュリエット
「ご酒など、正月のお屠蘇のときくらいしか、口にしたことはありませぬ」
志鶴はそう云って、拗ねた顔をした。
「もしかしたら、祝言のときに口にしたかもしれませぬが。されども、あのときのことは、さっぱり覚えておりませぬゆえ」
「そいつぁ、おめぇが『南町』のおれなんぞと夫婦になどなりとうなかったからじゃねぇのか」
多聞はそう云いながら、手酌でびいどろの酒を注いだ。
……まぁ、おのれのことを棚に上げて、なんという云いようでござんしょう。わたくしのことなど「形ばかりの妻」として娶ったくせに。
志鶴は腹立ち紛れに、先刻は恐る恐る呑んだ酒を、今度はごくっ、と呑んだ。
「おっ、いい呑みっぷりじゃねぇかよ。おめぇ、うちの姉ちゃんと同じでイケる口か」
多聞の姉の寿々乃は父親の源兵衛に似て、酒に強かった。実は、源兵衛は心の内では寿々乃が男でなかったことをたいそう残念に思っていた。
再び、多聞は志鶴の酒杯にびいどろの酒を注いだ。
「義姉上さまとは、先達てお会いしてござりまする。思いもよらず、玄丞先生の初音ちゃんと同じく、安芸広島新田藩の奥方様がお開きになっておられた手習所で、机を並べたお方でござった。
……あの時分は『すずちゃん』と呼んでござったが」
そしてまた、志鶴はごくっと酒を呑んだ。
「な…なんだってぇっ」
多聞にしてはめずらしく頓狂な声だ。
子どもの頃から、体裁ばかりで実を伴わない母の富士よりも、姉の寿々乃の方がずっと母親らしくて頼りになった。
それゆえ、頭が上がらぬのだ。