大江戸ロミオ&ジュリエット
「『北町』とは何の関わりもねぇと思ってたのによ……なんだ、おめぇとは知らず識らずのうちに、縁があったってぇのか」
多聞は口惜しそうに笑いながら、空いた志鶴の酒杯にまたびいどろの酒を注いだ。
「……もちっと早う、おめぇとこういう話をしてたらな」
……でも、もう遅うござりまする。
志鶴もまた、ごくっ、と酒を呑んだ。
「おい、いくら呑める口っ言ったって、なにも喰わねぇで呑んでばっかじゃすぐに廻っちまわぁ。ほら『鰻冊』喰いなって。此処のは美味ぇんだぜ」
志鶴は目の前の膳に置かれた小鉢を見た。
「イケる口」かどうかはわからぬ。
そもそも、酒など口をつける以上に呑んだことがないからだ。
短冊に切られた鰻と輪切りされた胡瓜が和えられていた。箸を取って一口食す。
口の中に酢の酸味が広がった。
夏にぴったりのさわやかな味だ。
「……美味しい」
志鶴は思わず呟いた。
「そうだろよ」
多聞は得意げに笑った。
いつもの「浮世絵与力」の不敵な笑みではなく、まるで手柄を立てた少年かのごとく、邪気のない笑顔だった。
「江戸で鰻っ言っちゃぁ、深川だけどよ」
深川、と聞いて、志鶴の顔色が変わった。
だが、多聞はまったく気づかず続ける。
「その深川でも評判の料理茶屋の出店が下谷の広小路にあっからよ、そっから此処に料理を持って来てくれるのさ」
作り置きした鰻冊だけは、客にすぐ出せるようにこの茶屋に置いているらしい。
……旦那さまは深川で、梅ノ香とさようなものを食しておられたのか。
志鶴はまた、沸々とした。