大江戸ロミオ&ジュリエット

「……悪いが」

多聞は口を開いた。しなだれかかられた梅ノ香から身をすっと離す。

「おまえとは、あないな別れ方でござったゆえ、一度きちんと話をしとうござった。
我が母も、おまえには失礼千万な態度を取り申し、代わりに謝りとうござった」

きっぱりとした口調であった。

「……と、先達(せんだっ)此処(ここ)に来て、おまえに話したことに変わりはござらぬ」


実は、先日に多聞が梅ノ香を訪れたのはさような所以(ゆえん)からであった。

多聞は半年間の蟄居(ちっきよ)のあと、御役目に復帰しても、あれから一度も吉原を訪れることはなかった。

日々町家で起こるさまざまな(いさか)いを、町方役人として収めれば収めるほど、多聞は武家に生まれたおのれの「使命」を自覚するようになったのだ。

いつしか梅ノ香に抱いていた想いは(おの)ずから「若気の至り」となっていた。

だが、心のどこかで、いつかきちんとけじめをつけたい、とは思っていた。

されども、いつの間にか十年近く時が経ち、我が身は妻を迎えた。


かような折、豈図(あにはか)らんや、梅ノ香がいる久喜萬字屋が火事で焼け出され、深川に仮宅が設けられることになった。

吉原に行かずとも、梅ノ香とけりをつけられる。
多聞にとっては、まさしく渡りに船であった。

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