大江戸ロミオ&ジュリエット

……誤算であったのは。

訪れたのはたった一度きりであったのにもかかわらず、(ちまた)で「浮世絵与力が『深川』に入り浸っている」と噂されるようになったことだ。商売上手な久喜萬字屋の「客引き」にまんまと使われてしまったのだ。

まさか、それが我が妻である志鶴の耳にまで入っていようとは、多聞は夢にも思うていなかった。

志鶴とは行き違いもあった。

元はといえば、親の仇よりも憎いほど犬猿の仲の「北町」と「南町」の者が夫婦(めおと)になったのである。

されども「北町小町」と褒め称えられる見目麗しさを一切鼻にかけず、武家に生を受けた女ならではの矜持と、家中の者に対する慈悲の心、そしてなにより、たとえ理不尽なことでも包み込むように受け容れる懐の深さを知れば知るほど、多聞はおのれには身に余る妻を娶ったのだと悟った。

表立っては(はばか)られるゆえ口にはせぬが、おせいを始めとして松波に仕える者たちはみな、志鶴が帰ってくるのを今か今かと待っていた。

無論、さようなことは多聞も承知していた。

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