大江戸ロミオ&ジュリエット
「……さすれば、わっちは此れにて」
おなごは一杯だけ酌をして内所へ戻るようだ。
「おてふちゃん、わざわざお座敷まで悪うなんした」
梅ノ香がねぎらった。
「今夜は大入りで猫の手も借りたい、ってお内儀さんがお云いなんし。それゆえ、わっちが梅ノ香姐さんのお手伝いに上がりなんした。
……お武家の哥さま、これからも梅ノ香共々、久喜萬字屋をご贔屓にしておくんなんし」
おてふと呼ばれたおなごは、公方様や京の天子様ですら魅きつけそうな嫋やかなお辞儀をし、すうっと座敷を後にした。
多聞と梅ノ香の間に生じかけた尖った気配は、今やつゆもなかった。おてふがすっかり消え失せさせたのだ。
「あの子は……この見世の娘か」
多聞が訊くと、梅ノ香が左右に首を振った。
「……おてふちゃんは『引っ込み禿』なんし」
小さな声で、ぽつり、と答えた。