大江戸ロミオ&ジュリエット
奉公人ではなく自ずから多聞を促しながら、志代は我が娘に対して無性に腹を立てていた。
なにゆえ頑なに「離縁したい」などと、たわけたことを申すのか。
……生まれてくる子は、どちらに似ても美形であるに違いない、というのに。
巷で評判の「浮世絵与力」である多聞の姿を、目の当たりにした志代は、娘婿を手放したくなくて心中で歯ぎしりした。せめて、男女一人ずつは、多聞の子を志鶴に産ませたかった。
志代はとにかく早う辿り着くために、遠回りになる庭に面した回廊を通らず、部屋から部屋へと通り抜けて行く、無作法ではあるが最短の道順で多聞を案内していた。三百坪の屋敷は広くて長いのだ。
ようやく志鶴の部屋に近づくにつれ、なにやら声が聞こえてくる。
兄の帯刀でもいるのだろうか。
だが、いくら兄妹であっても、かような刻に訪ねるのは望ましくない。