大江戸ロミオ&ジュリエット

「そちらこそ、わたくしに内緒でお会いになってござりましょう」

志鶴は腹立ちを抑え、冷たい声で多聞を咎めた。

「だれとだ……あっ、あいつのことか」

梅ノ香が『「北町小町」の奥方様と会った』と云っていたのを思い出した。

腑に落ちなかったのが、やっと合点がいった。

「あいつのことなら、おめぇの思い違いだぜ。
見習いだった時分の若気の至りだ。今は何の関わりもねえ。深川へ行ったのは二回っきりだし、それもなにしに行ったのかってぇと……」

(あわ)てて、まくし立てるように多聞の弁解が始まった。

「……おい、聞いてんのかよ」

多聞は腕の中の妻の顔を覗き込むと「ひっ」と奇怪な声を漏らした。

志鶴がすぅーっと目を細めて、夫をまっすぐ見据えていた。その面立(おもだ)ちは、まるで天女のごとく美しかった。

なのに、多聞にはとてつもなく怖ろしく見えた。
思わず、天罰に触れたかのような心持ちになり、後ずさりしたくなった。

「……おれが悪かった。頼むから、そないな目で見るな。堪忍してくれよ」

(やま)しいことは、なに一つないはずなのに、なぜかもうひたすら謝るしかなかった。

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