恋華宮廷記〜堅物皇子は幼妻を寵愛する〜
「なんだ、誰かもわかっていないのじゃない。そんなの、恋とは言えないわ。だって、お話したこともないんでしょう?」
母は安心したようにころころと笑い、侍女が運んできた茶をすすった。
「でも……」
「そういう危機に遭った時、胸がどきどきして苦しくなるでしょう。それを勘違いしているのよ」
そういうものだろうか? 鳴鈴はわからなくなってきた。
(でも、今でもあのお方の顔を思いだすだけで、胸が苦しいのに)
これが恋でないというのなら、いったい何なのか。
「とにかく、徳妃さまのくださった縁談だ。ということは、主上(オカミ)の勅命と同じと思わねばならん」
「嫌です」
「鳴鈴、あなたももう子供じゃないのよ」
「嫌ですっ。あの方ともう一度会うまでは……」
駄々をこねる鳴鈴の前の机を、父の拳が思い切り叩いた。その場にいた者たちの肩が震える。
「翠蝶徳妃さまに後ろ足で砂をかけるつもりか! そんなことをしたら、徐家はおしまいだ。主上は翠蝶徳妃さまを皇后陛下と平等にご寵愛なさっているのだから」
指の先から、冷たく凍っていく感覚に囚われる。
自分にその縁談を拒否する権利など、初めからないのだと思い知らされた鳴鈴は唇を噛んだ。