恋華宮廷記〜堅物皇子は幼妻を寵愛する〜
「眠れなかったのです。殿下が出陣してしまうと思うと」
見上げれば、飛龍の切れ長の瞳と視線が合う。緑礼が空気を読んだように、静かにその場から去っていった。
「慣れてもらわなければ困る。今後もこういうことはたびたびあるだろう」
ひとつの大陸にいくつも国があれば、争い事が起きるのは必至。昨日の同盟国が今日の敵国になることもある。
「慣れるわけないじゃありませんか」
鳴鈴がムッとして言い返すと、飛龍は意外そうな顔をした。
「愛しい夫が戦地に出ていくのが平気な妻など、おりません」
強く力を込めて大きな手を握ると、飛龍はとぼけたような顔で聞き返す。
「……愛しい夫とは、俺のことか?」
何を言っているのだろう。鳴鈴は一瞬呆気にとられたが、すぐに肯定する。
「殿下以外に誰がいるのですか!」
子犬が吠えるように言う鳴鈴を、飛龍はどうどうとなだめる。
「そうか。すまん……うむ、わかった」
きっと、自分が妻にとって良い夫ではないという自覚があるのだろう。
そう理解すると、急にやりきれなくなった。自分では飛龍に恋をしているという気持ちを態度で示してきたつもりだったが、肝心の相手は何もわかっていなかったらしい。
わかったと言いながら、ちょっと動揺している様が見て取れた。