未完成のユメミヅキ
◇
次の日、登校すると、亜弥とタロちゃんは先に来ていた。
「おはよう。亜弥、タロちゃん」
「おはよ」
亜弥はあくびをしている。また映画のDVDで夜更かしをしたのだろう。あくびをしていても美少女だから絵になる。わたしだったら遠吠えする小熊にしか見えない気がする。
鞄を置いて席についた。
「おはー。まふ、昨日ありがとな。キーホルダー届けてくれて」
自分の席にいたタロちゃんが来た。
「ああ、見つけたのがわたしで良かったよ。大事にしなくちゃ、お守り」
「そうだわ。助かったありがとう」
「ええ、キーホルダー?」
「バスケットボールのキーホルダー。お守りなのに落としてさ、俺」
亜弥が心底「最低こいつ」という心の声が滲み出た顔でタロちゃんを見る。
「お守りを落とすのは、人生に負けているのと一緒」
「亜弥……その顔で言わないで。凄みがつらい」
ふたりのやりとりは今日も楽しい。笑顔で見てしまう。
「でも、俺が落としたお守りのおかげで、まふが、とうとうな。出会ったからな」
タロちゃんが、しみじみといった感じで腕組みをして頷きながら、そう言う。
「出会った? まふが? 誰に」
「いずみくんだよ。天田和泉」
「え、そうなの?」
「お守りが戻ってきたという俺の願いが叶った副産物で、まふにもちょっとご利益あったな」
和泉くんの名前に、いままでとは違う感覚でドキリとした。写真だけで、モヤがかかった男子生徒じゃなくて、ポンと顔が出てくる。大きな目と形のいい口。背の高さとか声の感じ。
ちょっと思い出した衝撃が強くて失禁しそう。
そんなことを思っていると、クツクツと笑い声が聞こえる。タロちゃんだ。
「すっごい分かりやすいよね、お前」
「え?」
「小熊が震えているように見えるわ」
亜弥が溜息をついた。
「小熊ってなに。ふたりともちょっと、わたしは人間だから……」
「まぁ、中学の時からアレだからな」
「アレだよね。まふ」
アレってなによ。
「だって、いままでタロちゃんの話だけで妄想していた、い、和泉くんがさ、実物で見られたわけだから……」
それをじわじわと実感しているのだ。
今朝だって目覚めていちばんに思ったのは和泉くんのことだったし。
キーホルダーを頼まれたことは内緒にしておこう。またからかわれそうだし。
「昨日、バスケをする和泉くん、初めて見たの。空中で止まっているみたいだった」
こんなことを言うのは恥ずかしかったけれど、でも素直な気持ち。彼が我が校の男バス部の要になることは言うまでもない。タロちゃんとともに将来的に部を牽引する存在になると思う。
タロちゃんも頷きながら聞いてくれた。
「あいつは、スタミナもスピードもある。頭もいい。凄い選手なんだよ」
腕組みをしてちょっと自慢げに言うタロちゃん。「なんだけどさー」と、なにかを言いかけた。その時、先生が教室に入ってきた。手で合図をして、タロちゃんと亜弥は自分の席に戻っていった。
これからは和泉くんのバスケ、見に行けるんだよね。
練習を遠くから見ているだけでいい。それだけで毎日がきっと輝く。そう思いながらノートを取っていると、つい力んでしまいシャープペンの芯が折れた。