未完成のユメミヅキ
◇
「麻文、夕飯早く食べちゃいなさいよ~片付かないよ」
お母さんが部屋のドアをノックした。
帰宅後、真っ直ぐ部屋へ向かって、着替えを適当に済ませ、レトロなバスケットの裁縫セットを出してきて、キーホルダーを作り出したのだ。このバスケットは手芸好きなわたしのためにお母さんが誕生日に買ってくれたもの。お気に入り。
「ごめん、課題やってから食べるから」
和泉くんの頼みごとという課題だから。やらねばならぬ。
「珍しいこともあるもんねぇ。じゃあ、あとで食べなさい。仕舞っておくから」
「うん」
今日は美味しそうな肉団子とポテトサラダだった。お母さんのポテサラはおからが入っていて、好きなメニューのひとつだ。ジャガイモよりおからの量が多いほうが好き。ヘルシーだし。美味しいからとついつい食べ過ぎてしまうので助かる。
キーホルダー作成に意識を戻す。幸い、本体は材料に困らなそう。
まるで、この部屋に住む妖精が、わたしのためにこっそり材料を買い足していたかのよう。
ブラウンのフェルトを、木の葉型に数枚切る。ステッチに使う糸はイエロー。
スポーツ洋品のことは詳しくないけれど、学校にあるボールはこの色だったように思う。テレビや雑誌で見かけるもっとカラフルなものもいいなって思うけれど、和泉くんはこれかな。今日、持っていたのもこんな感じのボールだったし。
携帯でバスケットボールを検索して、参考にしている。メーカー文字も刺繍するつもり。あと、名前も。ライトブルーの糸を使って、ローマ字にした。
ひと針ひと針、呪いを……じゃなかった。思いを込める。ああ、でも男子は女子から手編みのマフラーを貰うと「首を絞められているようだ」っていうよね。じゃあ、さくっと縫うよ。あっさりした感じで作るよ。鼻歌などを歌いながら。
ボールの形に丸く縫い合わせ、中に綿を詰める。刺繍をした部分はあとから縫う。
段々と形が出来上がる小さなバスケットボールに、口元が緩む。手芸は、思い描いた形成の達成感がやめられないのだ。しかもこれは、憧れの和泉くんのため。
「あ、あれ」
必要なパーツが無いことに、いまになって気が付いた。裁縫セットをひっくり返してみても見当たらない。完成したバスケットボールを、ストラップ金具パーツと接着する金具パーツが足りない。あったと思ったのに。
妖精さんが隠したのだろうか。いや、それはいいから。
作ったパーツをそのまま机に置き、部屋を出て、リビングへ向かった。お母さんがテレビを見ながら食後のお茶を飲んでいた。