覚悟はいいですか

《side 紫織》

2年前ーーー

その週は会長が海外へ出張のため、私は久々に秘書課以外の同期達と社食で昼休みを過ごした。出張中の会長と随行の先輩秘書からいつ連絡があるかわからない。だから外へ行くことは避けたが、普段空き時間にサッとお昼を済ませていた私にとっては、これでものんびりできた方だ
食後の紅茶でまったりしていると、急に総務部長から電話が入り、すぐに指定されたミーティングルームへ行くと、人事部長も一緒にいて驚いた

まさかこの時期に異動?それとも中途採用で誰か秘書に入るのかしら?それなら秘書課長が呼ばれるはずだし。会長付きの秘書の異動話なんてこと聞いたこともないから、私を呼んだ理由がわからない
訝しく思いながら、促されるまま向かいのソファに座る

すると目の前に固い表紙の冊子が開かれ、いきなり見合い話を勧められた

「お見合い、ですか?」

二人の部長は前のめりになって話しだしたから、びっくりしてて最初は何のことかわからなかったが、どうやら人事部長宛てに私の縁談が持ち込まれたそうだ

見合いの相手は堂嶋公彦さん、33歳
厚生労働大臣の父親、堂嶋邦彦(くにひこ)氏の秘書をしているらしい

でも私は彼とも彼の父親とも全く面識がない
一体どこからこんな話が出たのか考えていると、人事部長が答えをくれた

「いやあ、先日の新商品発表会で君を見て一目で気に入られたそうだよ」

一目惚れと言うやつだろうか、でも仮にも大臣のご子息様が見た目だけで生涯の伴侶を選んでいい訳がない
それにいい年なんだから、その場で声くらいかけるのが普通じゃない?

どちらにしろ、やっと華の剣と認められ、仕事を任されるようになったばかりの私に、結婚という選択はなかった
だから丁重にお断りしたが、両部長はガンとして引いてくれない
何か裏があるように思えてきた

「将来の議員さんなら奥様は専業主婦を望まれるでしょう?私はそんなつもりもないし、まだどなたとも結婚する気すらありません」

と、ハッキリ言っても

「先ずは会うだけでも!頼む‼会社のためだから」

と懇願されて戸惑う
会社のためってなんだ?と思って、やっと思いいたった

わが社は化粧品メーカーだ。新しい成分や製法を常に研究し、他社としのぎを削る。そしてそれが人が使うものである以上、安全なものでなければならない
自社で実施したテストの結果を国に報告する義務があり、そこで安全性や効果・効能を認められて、初めて商品を世に出すことができる
国の機関でこの検証と認可を担っているのが厚生労働省だ

つまり、これは一種の取引。直接何らかの約束があるか否かは分からないが、見合いを断って大臣の心象を悪くしたくないのだろう。いわゆる忖択というやつだ

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