覚悟はいいですか

《side 礼》

紫織はその時の恐怖を思い出したのか徐々に震えだし、声もだんだんか細くなってくる
思わず抱きしめてやりたくて手を伸ばすと、ビクッと震え、ズルズルと距離を開け始めた
俺に話す内にその時のことを思い出し、恐怖が甦ったのかもしれない
俺を見ているようで見ていない。目の焦点が合わず、揺れ動いている

……2年経った今も心の傷は癒えていないのだ

今すぐあいつを殴り倒したい!走り出しそうになる気持ちを必死に抑え、頭をフル回転させる

どうしたら俺を信じてくれる?
彼女をどう慰めたらいい?

あることを決意して、伸ばした手を膝に置き、わざと体の力を抜く

「紫織、俺からは絶対に触れないから、安心して」

口元に笑みをはき、紫織をじっと見つめて待った

紫織は震えながら顔を上げる。怯えたような上目遣いで俺の顔をじっとみている

やがてその瞳にさっき視た光が戻ってきた
それからおずおずと手を伸ばして、俺の着ているスウェットの肘の辺りをそっと握ってくる

「いいよ、触れていた方が安心できるなら、紫織の好きにするといい」

「うん、ありがとう…」

ちょっと掠れていたけど、しっかり声が出ている
そして躊躇いがちに俺の腕に体を寄せて、肘にある手を滑り落とし、握った俺の手にそっと重ねる
チラッと伺う顔が可愛らしい

「手、つなぐ?」

思わず聞くと恥ずかしそうに頷く。一度手を開いて絡め、恋人繋ぎをすると、少し驚いたようだが拒絶する気配はない
俺の手を握り返し、ひとつ息をついてまた話し出したーーー


結局、周りの客と店員が5人掛かりで堂嶋を押さえつけ、警察が来て連れて行った
紫織は救急車で運ばれ、2日も意識がなかったらしい

だが、堂嶋大臣が裏から手をまわし、公彦はすぐ無罪放免となった
それからはストーカーと化して紫織につきまとい、結婚を迫るようになった
会社にも押しかけて織部会長の知るところとなり、急遽弁護団を作って示談に持ち込んだ

向こうが一方的に悪いのだから、話し合いは有利に進められると思ったのに、堂嶋サイドは全く譲らなかったそうだ
政界でも名門の堂嶋家に入れるのだから、喜んで結婚を承諾するのが当たり前だと信じて疑わなかったと聞き、傲慢さに胸くそが悪くなる

さらに堂嶋の弁護士は、紫織が公彦を誘惑して弄んだ上に、ありもしない暴行やストーカー被害を訴えて慰謝料をせしめるつもりだろうと彼女を責め出す始末

追い詰められ、動けなくなった紫織とその家族のために、織部会長が徳永氏に協力を頼んでやっと和解を承諾させ、紫織は堂嶋から解放された
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