幼なじみの甘い牙に差し押さえられました


「ねえ、これから仕事なんだけど…。あなたそんな馬鹿なこと聞くためにわざわざ押し掛けたの?」


「馬鹿なことじゃないでしょ。まだ子供だった涼介になんで酷い事したの!」


ママに反抗的に話すのは初めてだから、どうしたって声が震えてしまう。それなのにママは全く動じずに笑っていた。


「ふふっ、酷い顔ね環。やっぱりあなたの本性はそっちなのね。嫉妬深くて醜い女」


「今、顔なんかどうだっていいから。話をそらさないで」


「ううん、大事なことよ。だってママは、あなたの澄まし顔が嫌いなんだもの。いつも自分だけは綺麗で正しいって私を見下していてるの。」


おっとりと歌うようなママの声が、刃物のような言葉を投げつけてくる。


「そんな事してないよ…!」


「嘘よ。自信がなさそうにびくびくしてる割には、腹の底で私の事を嗤ってるの知ってるんだから。正直な話、そういうところがずっと癇に触ってたの。

でも、私だけじゃないと思うわぁ、だって環、仲の良い女の子のお友達一人もいないでしょ?普通は歳が変わっても仲良くできるお友達がいるのに…」


「ちょっと待って…それは今関係ないでしょ」


嫌だやめてこれ以上耐えられない。
小早川さんからも、バスケのチームメイトからも確かに私はみんなから嫌われていて、その事を指摘されるのが堪らなく辛かった。ママは私に興味がないのに、時々全てを知ってるみたいに見える。


「だからね、ママは環の本当の顔が見れて嬉しいって言いたかったの。やっと本性を見せたわね」


「…それなら、あの時のこと教えて。涼介が私の事を探してたのに、ママは教えてもくれなかった」


「それは親として当然のことよ。いろいろと心配な年頃だもの。異性のお友達なんて」


「心配って何が!?
その涼介に自分はキスしたくせに…!」


「十年以上前の、その程度の浮気も許せないなんて、ホントに狭量な女ね」


頭の中でぶちんと何かが切れる音がした。鼻で笑う声で、とろけるような笑顔で、ママは何を勝ち誇ってるの。


「浮気じゃないでしょう!?ママが酷い事をした事を怒ってるの!」


「違うでしょ、環。あなたは嫉妬してるだけ。

だいたい、ママはあなたと違って非力なんだから、力ずくで無理やりなんてできないわ。つまりそういう事よ、涼くんも男の子だもの。」


「ふざけたこと言わないで!」


思わずママに振りかぶりそうになって、それだけはやっちゃ駄目だと思い留まる。

昔、ママが殴られて小さな肩を震わせていたのを覚えてるから。あの頃はママを守りたくて、誰より強くなりたかったのに…


「自分を棚に上げてよく言うわ。中学生の分際で……さんを誘惑したくせに。汚らわしい」


あの男の名前だった。

顔を殴られて馬乗りになられた恐怖が甦る。ママはあの時の私が許せなかったんだ。それだから…


「ねえ、だから私への腹いせのために涼介を傷付けたってこと?」


その考えにたどり着いた時、視界がチカチカと赤く染まった。それは今まで一度も感じたことのない獰猛な怒りだった。

< 122 / 146 >

この作品をシェア

pagetop