幼なじみの甘い牙に差し押さえられました

「ん?環ちゃん何か言った?」


「ううん。ええと、…あのバスケのゴールとボール借りても良い?」


快諾して貰えたので、ありがたく使わせて貰う。現役を引退してから殆んどボールに触っていなかったけど、しばらくすると感が戻ってくる。

ボールと、ゴールと、しんと冷えた空気。こういう瞬間は頭の中から不安も何もかも消えていくのを知ってる。私にとっては生活の知恵みたいなものだ。



「…ねぇ!ねえねえ!
上手すぎるんだけど!!環ちゃん何者??

上手いっていうか、格好いいっていうか、キレイ…。なんかもう空から降りてきてた美!って感じ。どうしてそんなに上手いの?」


「あはは、ありがと。これしか得意なものないから」


「得意とかそういうレベルじゃないってば!ねえ、近くで見てていい?何時間でも見てたいんだけどマジで眼福…!」


「私はいいけど、そこにいたら寒くない?」


紬ちゃんは首を振って縁側にお茶と座布団を持ってきた。こうして見られているとなんだか学校の部活のみたい。部活というと中学の頃の涼介を思い出して、記憶を振り払うようにバスケに集中していった。



それからというもの、紬ちゃんの強い勧めで、紬ちゃんが顧問をしてる女子バスケ部の練習を定期的に見ることになっている。実は人にバスケ教えるのは全然上手くないのだけれど。


「ほんっとありがとう!環ちゃんに指導してもらえて、生徒みんなモチベーション爆上がりだよ。あいつらキャーキャーうるさくてごめんね」


「ううん、私はバスケできて楽しいから良いんだけど、こんなんで何か役にたててる?」


「もっちろんだよ!みんな、環ちゃんのフォーム見てるだけで鳥肌だもん。環ちゃんと話すだけでも凄く嬉しそうだし、良かったら生徒の悩み相談とか聞いてやって?ほら、難しい年頃ってヤツで教師にはなかなかさー」


嬉しそうに話してくれる紬ちゃんの言葉を「ごめん」と遮る。


「そういう相談は私には無理だよ。将来とか友達関係の話なら、私にはアドバイスできることがないから。」


「環ちゃん…?」


不思議そうに聞き返す紬ちゃんに、「ごめんね」と繰り返す。できるなら期待に応えたいけど、親にまで嫌われる大人が、高校生に良い話ができるとは思えない。

さっきまで並んで歩いていた紬ちゃんが隣にいなくて、振り返ると少し離れたところに留まっている。


「環ちゃん、聞いてもいい?
バスケしてるときの環ちゃんね、楽しそうなんだけど、同じくらい悲しそうに見える時があるの。私の気のせいかな。…それとも、何か、あった?」


紬ちゃんの質問には上手く応えられなかった。
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