幼なじみの甘い牙に差し押さえられました
そのまま引き寄せられて山下さんの腕の中に包まれていた。睫毛のぶつかりそうな距離で目が合って、慌てて目を逸らす。

びっくりした拍子に何故か強くに涼介の事を思い出した。そうだ、前は涼介にこうやって何度も…


「あの、山下さん?」


「わりぃ。実家に帰ってお前がいたら、はしゃぐしかないじゃん」


「私がいたらお邪魔じゃ……むあ!」


さっきとはうってかわって嫌がらせのようにマフラーを顔にぐるぐる巻きにされ、視界を塞がれてる間に山下さんがどっかに行ってしまっていた。


「もうっ」


「この状況でキスの一つもできないヘタレ野郎め…」


絡まったマフラーと戦っていると、紬ちゃんが低い声で何事か呟きつつマフラーを取ってくれる。


「紬ちゃん?ありがと」


「ううん、ヤツこそ未だに厨二発症しててごてんね、いや小二かな…。環ちゃんも働きづめなんだから早く休んで」


「うん、ありがとう!あとこれだけ終わらせたら仕事納めだよ」





今日は12月30日。本来は家族で過ごすはずのお休みに私が紛れ込んでいる変な状況だった。一人でも大丈夫だから家を出ようとしたのだけど、優しい山下家の人たちがそれを許さなかったのだ。


そうして、生まれて初めてのお正月らしいお正月を迎えている。大晦日からお正月にかけてずっと食べたり飲んだりするのも知らなかったし、寒い寒いと言いながら真夜中に初詣に行くことも不思議だった。

年が明ければ大きな臼と杵でたくさんのお餅をついて、近所の人と一緒に食べる。

お餅を振る舞うときに山下さんに大量のポチ袋を渡されて、遊びに来た子供たちに手渡すのを手伝った。


「お年玉って初めて見たけどこんな感じなんですね。袋も可愛いなぁ」


「余ってるしお前にもやるよ。千円しか入ってねーけど、アイスでも買っとけ」


「わー、ありがとうございます。ふふっ、アイスって…」


何気ないリアクションをしたかったのに、笑いながら涙が落ちる。
< 130 / 146 >

この作品をシェア

pagetop