幼なじみの甘い牙に差し押さえられました
子供の頃の私がこんな優しい大人に出会えていたらと一瞬頭を過ったら、自分の意志では涙腺が制御できなくなっていた。
「すみません何でもないですホントに」
気まずくて袖でぐしゃっと涙を拭う。廊下を抜けてその場を離れようとすると山下さんに塞がれてしまった。
「悪い、こんな騒がしい家じゃ気も休まらないよな。この家の奴らはデリカシーも何もないし、俺もそうだし。」
違う、騒がしくなんかない。
目に入るもの全てが優しくて、子供の頃の私が顔を出してしまうだけ。
そう伝えたいけど声にならないから何度も首を降る。
「…私は…ここに居させてもらえたから、やっと生きられたんです。山下さんが助けてくれたから」
「見当違いだろ、俺はお前の弱味につけこんでるだけだよ」
あやすように頭を撫でられる。優しい手や声と言葉があまりにもちぐはぐで、泣きながら笑ってしまった。
「今でも強制労働とか言うんですか?こんなに助けてくれてるのに。」
「そうじゃなくて…いや、やっぱそうなのか?救うとか救われるとか、案外こだわるような事じゃないのかもしれないな」
「見た方が早いか」と山下さんに連れられて、工場から出荷する製品を保管する倉庫に移動する。
「ここから向こうまでアンルージュ関連の製品。こっちはリバーレース。少し前までガラガラだったとは思えないだろ?」
「そうですね…?」
凄い量の製品だけれど、さっきの話と繋がりが見えなくて首を傾げる。
「もし俺がお前を救ってるとしたら、お前も同じなんだよ。廃業寸前の工場が今じゃ人手不足で採用まで始めてんだ。この工場を救ったのはどう見てもアンルージュとお前だろ」
「私は…そんな大それたことはしてないです。アンルージュだって元は…涼介と山下さんが」
「だから、そういうことなんだよ。救われてるつもりが、本当は相手を救ってたりするんだ。お前も俺もな。」