幼なじみの甘い牙に差し押さえられました



車に乗ると離れていた間の事を教えてくれた。アンルージュの開店イベントには、お店に入りきれないほどのお客様が来てくれたこと。それから、小早川さんが会社を辞めたことも。私が退社した日の事を自分から話してくれたそうだ。


「そうだったんだ。…でも、小早川さんまで辞めちゃうなんて」


「自分の中のけじめの問題だろ。責任を取るつもりなら止めないよ。」


いつも優しい涼介なのに、ばっさりと切る言い方をする。


「それより酷い思いをさせて本当に悪かった。会社に戻りたいとは思わないだろうけど、もし環が望むなら」


「大丈夫、いいの。私にはオークは立派過ぎるし、工場の仕事が合ってる気がして…

あ、そうだ山下さんに説明しなきゃ!
荷物も置いて貰ってるから、山下さん家に寄ってくれる?」


お願いすると、穏やかに話していた涼介が何故か「駄目」と口を尖らせる。「俺から伝えとくよ」とメッセージを送ると、車を発進させてしまった。


「今日はもう山下に会わないで。会わない間に綺麗になってるだけでも耐えられないのに、これ以上は駄目」


「え…」


「ずっと、環は山下に惹かれてるんだろうと思ってた。あの時…環が〝ラッキー〟って言わなかったら、疑いもしなかったよ」


「ラッキーって?」


「知らないのか?環は昔から辛いときには、何かひとつでもマシなこと探してラッキーって言うんだよ。

俺の家を出ていくときにラッキーって言うから、ずっとその意味を考えてたんだ。」


…そうだったんだ。

言われてみれば確かに、〝ママの彼氏にぶたれるとママが優しくしてくれるから〟とか、〝クリスマスに公園を独り占めしてラッキー〟とか。子供の頃に強がりを言ってたのを思い出す。
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