幼なじみの甘い牙に差し押さえられました
「ごめん……俺、タクシーで寝たまま……」


「まだ寝ぼけてるな、今は『俺』じゃなくていいぞ」


涼介が冷たいお水を持ってきてくれるので、ごくごく飲んだ。着ていたシャツは汗で体にまとわりついている。

ジャケットは涼介が脱がせてくれたらしい。ネクタイも外されて、シャツのボタンが一つだけ空いている。


「うなされてたけど、熱はなさそうだな」


おでこに涼介の手が触れる。こういうのはいつ以来だろう。うんと小さい時に、風邪を引くとママにそうしてもらえたのが凄く嬉しかったっけ……。


「本当に大したことないんだ。風邪ひいてるわけでもないし」


「俺の前で強がるなよ。何年お前のこと見てきたと思ってんだ?」


涼介の大人びた笑顔が目に入る。涼介とは小学校と中学校が同じで、中学三年で転校するまではよく一緒に遊んでいた。

口を大きく開けて笑う顔なら思い出せるけど、こういう笑顔を知ったのはつい最近のこと。


「ごめん、迷惑かけてばっかりで」


「こんなの少しも迷惑じゃない」


涼介は「食えるか?」と小さなお皿を差し出してくれた。中にはヨーグルトとフルーツが入っている。普段から包丁を使ってる感じではなさそうな、不揃いな切り口。


「美味しそう、ありがと」


私のためにわざわざ用意してくれたのかと思うと胸がきゅうっとなる。涼介、優しいな…。


「聞いたよ、涼介は普段はもっとすごい額の商談を動かしてるって。『アンルージュ』の仕事してもそれほど儲からないから、迷惑になってない?もし涼介の仕事の成績が下がったりしたら……」


「ばーか、誰に言ってんだよ。その程度で俺の評価が落ちるわけねーだろ」


聞き覚えのある自信満々な言い方だ。昔と同じような口調なのが懐かしい。




「環、一つだけ約束してくれるか?」


「何を?」と問い返すと真っ直ぐ見つめられる。急にどうしたんだろう。


「頼むからもう二度と、急にいなくなったりするなよ」


切実な表情にはっとして、勢いに押されるように「うん」と頷いた。


「…………あの時はごめん。改まってお別れするのが、なんだか苦手でさ」


「まったく……どれだけ探したと思ってんだ。名前まで変わってるなら、見つからない訳だよな」
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