幼なじみの甘い牙に差し押さえられました
ズボンはさらに大きくて、全身を涼介の服に着替えるとぶかぶかで変な感じになる。


「ははっ。やっぱり環には似合わないな」


「もう、笑わないでよ。サイズ合ってないだけだって。いつものスーツはちゃんと着れてるんだから」


「確かに環のスーツはよく似合ってるけど……そういえば『アンルージュ』の店員は全員あの服装なのか?」


「ううん、私以外はタイトスカートに白いブラウスだったよ。みんな辞めちゃったから今はもうその制服はないけどね」


「なんでお前だけスーツなんだ?」と不思議そうに聞かれて答えに詰まる。今は触れたくない話題だ。


「当然、私が格好いいからでしょ!」


にひひと笑って答えを誤魔化すと、涼介はそれ以上は何も聞かなかった。


「もう大丈夫だから、そろそろ帰るね。今日はありがとう」


「ああ、帰るなら送ってくぞ」


「いいよ! 私の家凄く遠いんだってば」


鞄を持って立ち上がると、「馬鹿」と涼介に怒られる。


「遠いからだろ。無理したら帰り道でまた倒れるかもしれないぞ」


結局涼介に車で送ってもらうことになってしまった。こんなふうに優しくしてもらうのは慣れないから、嬉しい半面ほんの少し不安な気持ちになる。

車の運転をする涼介の大人びた横顔も、知らない人のようで落ち着かない。


「明日は荷物をうちに送ってから来いよ。午後から出勤すればいいから」


「大丈夫だよ、明日は普通に会社行けるって」


「病人が無理するな。ラッシュの時間を避ければ長時間の電車も少しはマシだろ」


「……そんなに甘やかさないでよ。落ち着かないから」


正体不明の不安な気持ちがよぎる。涼介に再会してから未知の感情が増えたような気がする。


「落ち着かない?それはいいな」


「どうして」


車が停まると、涼介の体が急に近づいた。


「落ち着かないって言ってる環の顔が、すごく可愛いから」


「……!」


急にワケがわからないことを言うから、何も言えなくなった。すごく近い距離でじっと見つめられて思わず目をそらす。


「着いたぞ」


気がつけば助手席のドアが開いていた。なるほど、涼介はドアを開けるためにこっちに手を伸ばしてたんだ。…………それならそうと言ってくれれば良いのに。
< 27 / 146 >

この作品をシェア

pagetop