幼なじみの甘い牙に差し押さえられました
「もう一度」と肩に手をかけられて、とっさに手で口を塞いだ。
「だめ!」
「何だよ、ケチ」
「ケチでけっこう、何と言われても無理だから!もう限界までドキドキしてるから!!」
「ぶっ……ふふ、かわいー環」
「ぐぬぬチビ介、馬鹿にして……!」
その後やっと私を解放してくれて、文句を言うと涼介はずっと笑っていた。
「だいたい昨日のことまだ許したつもりないんだけど!!」
「あー…、悪い」
「心がこもってない!」
「うん、ホントは悪いと思ってない」
「な……この馬鹿チビ介め!」
…それからの事は、キスの衝撃が大きすぎたせいかあんまり覚えていない。気が付けば朝になりオフィスに出社していた。
「あれ、環くんどうしたのぐったりして。昨日からずっと体調悪い?」
「おはよーございます。大丈夫なんですけど、知恵熱かな…」
「赤ん坊かよ」
ため息をついていると目の前に書類の束をどんと置かれる。
「環、『アンルージュ』の店舗移転先の候補と資料、よく読んどけよ」
「いくらなんでも多すぎない?」
「その返事、やる気あるのか?気になる場所があれば自分で行って確かめるようにな」
「うっす」
涼介は私の気も知らずにしっかり仕事モードである。こっちは昨日のことがあってずっと気持ちがざわざわしてるというのに。
「環くん、怒られてやんの。真面目に仕事しろよー」
「もちろんしますよっ」
そういう山下さんは『アンルージュ』の商品サンプルを興味深々に物色してる。「おぉ、これはエロくていい」とか「脱がせてこれならテンション上がる」とか言ってるので、あんまり真面目に仕事してるようには見えない。
「ふーん……リバーレース使ってるんだ。生地はシルクにオーガニックコットン。原価が上がるわけだな。」
リバーレースは高級レースの代表のような素材で、デザイナーとしての小夜子さんの拘りだ。
「見ただけで分かるなんて詳しいですね。繊細なデザインと肌触りが大事だから国内の工場に発注してるって聞きましたよ」
「…そうか。『アンルージュ』が潰れたら困る理由がひとつ増えちまったな」
山下さんはさっきまでの興味本意の様子と違って、何だか優しげな表情に見える。
「どうして?」
「いや、こっちの話。
環くん、店舗の場所はよく考えた方が良いぜ。どういう顧客に、どんな状況で買いに来てほしいのか。テナントの賃料よりも買い物のシチュエーションを重視しろ。予算が必要なら涼介が何とかするはずだ。」
遊んでいたかと思えば丁寧なアドバイスをくれる。不思議な人だ。