家出令嬢ですが、のんびりお宿の看板娘はじめました
一方、宿屋と隣の建物の間、かつてリルの犬小屋が置いてあったところに連れてこられたロザリーは、ようやくおろしてもらえてふらふらとしたまま壁に背中を付けた。
涙はビックリして止まっていたが、目尻に溜まっていた雫が頬を伝う。
はあ、と息をついたザックは、彼女を囲うように壁に両腕をつき、優しい手つきで涙を拭きとった。
こんなのは困る、とロザリーは思う。距離の近さにも、少しいら立ちがこもった熱い視線にもドキドキしすぎておかしくなってしまいそうだ。
「あの、ザック様」
「縁談なんて初めて聞いたぞ? まだ十六だろ? なんでそんな話が出てきたんだ」
「縁談は……その、家出する前からあった話なんです。おじい様が決めてきたことで、お断りいただいたはずなんですけど」
「こんなことなら感情が戻ったなんて教えなければよかった」
ザックは真顔だ。自分のために怒っているのかと思ったら胸が熱くなる。お尻のあたりもむず痒くて仕方ない。
「それから! なんだ犬って。俺がいつ、君をペット扱いした」
「いや、それは。……だって私、チビですし。ザック様ずっと子供扱いばっかりするから。てっきり」
だって前世はリルなのだ。何となく犬の気分で暮らしていたのだから仕方ないというものだろう。
「……好きだと言ったと思うんだが」
「言ってませんよ!」
「そういう意味で言ったんだ。あの“一緒に居てほしい”は!」
思い返してみても、絶対言っていない。ロザリーが軽くふくれていると、「君の方はどうなんだ」と問われる。