【完】李寵妃恋譚―この世界、君と共に―



『祥星様は、どこまでも自由な御方でした』


二年前、いや、正確なところ、約三年前。


父の話と、ひとつの依頼をしに、彼女は極秘で黎祥の元へとやってきた。


そのくらいの頃から、既に各地で反乱を起こしていた黎祥達革命軍。


その噂などは、勿論、皇宮にも届いていたわけで。


何故か、前から先帝に目をつけられていた黎祥は後宮にいても、辺境に行ってからも、先帝が放った刺客に追われていた。


皇宮に噂が届くほどに黎祥は動いてみたのだが、遊興に日夜耽っていた兄が起こしたのは、刺客の数が増やしたことくらい。


今思えば、黎祥が初めて人を殺したのは、兄からの刺客だった。


その頃はどうして自分が兄に疎まれているのかわからず、何度か途方に暮れたものだ。


「貴方の父上は……前、話したことがありますね。祥星様は自由な御方で、後宮などに通わず、自由に下町を見て回る生活をしておりました」


父の噂はかねがね。


色んな話を聞くが、その中で共通的に多いのは『自由な人』だったということ。


黎祥が手に入れられない"自由”を、父は手にしていた。


「いつだって笑って、天下万丈の君とは言えないような、そんな御方でした。民が座り込んでいれば、手を差し伸べて引きあげて。率先して、民の先頭に立つ……そんな、誰にでも慕われる御方だったのです」


そんな父は、革命軍がたどり着く少し前に、病でお隠れになったと聞いた。


遺体はこの目で直接見ることはなく、棺だけが黎祥の前に用意された。


その中に、父親がいると言われた。


けれども、何の記憶もない。


幼い頃に追い出されたからか、父の顔すら、自分は覚えていなかった。


それなのに、泣けるはずもなかった。


父の死を、惜しめるはずもなかった。



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