【完】李寵妃恋譚―この世界、君と共に―
「―……本当の名は、翠蓮、と、いいましたか」
「はい」
嵐雪さんから、情報がいっているんだろう。
翠蓮は素直に頷いた。
「では、翠蓮。少し、昔話を聞いてくれませんか」
「昔話、ですか?」
「ええ。わらわの、恋のお話」
翠蓮が目を見開くと、柳皇太后は困ったように笑う。
「それは、大罪では……」
三千の華が咲き誇る後宮で、密通は重罪だ。
「フフフッ、わかっています。わらわはの、自ら志願して、九歳の頃に先々帝に嫁いできたのです」
懐古に耽る。
彼女の細めた瞳の先には、その日々が映っているかのよう。
「その殿方は、素敵な御方。先々帝よりも、もっと、もっと……格好良くてね。不器用で、お優しい方だった」
恋しい人を思い出しているのか、柳皇太后は乙女のような顔をしていた。
「お優しい方で、わらわの幸せを願ってくれた。あの鞠は、その御方に貰った大切なものだったのです」
そこで、あの時、彼女が言った『殿下』に辻褄が合う。
「その御方は、親王殿下だったのですか……?」
先々帝には、多くの兄弟がいた。
どの兄弟なのかは想像つかないけれど、その人が柳皇太后の初恋であることは、容易に想像できた。
「そうです。そして、その御方はわらわの親友に恋をしていた」
そう、言った時の柳皇太后の表情は辛そうでも、悲しそうでもなく。
まるで、誰かに自慢するかのように、晴れやかで。
「わらわの親友もまた、その御方に恋をしていた。だから、わらわは先々帝にお願いして、二人の婚儀をあげてもらった」
……信じられなかった。
どうして、そんなことが出来たんだろう。
翠蓮は黎祥が誰かと笑い合っている姿を想像するだけで、まだ、苦しいのに。
どうして、笑顔で話せるのか、翠蓮には理解できなかった。
「理解できない、って顔」
指摘されて、
「すいません……」
翠蓮は、素直に謝った。
でも、柳皇太后は笑うばかり。