【完】李寵妃恋譚―この世界、君と共に―
「ねぇ、かあさまは?」
「お母様はあちらの内院に……って、そんなことより、彼女に何をしたんですか?蘭怜様!」
咎めるような声は、どこか焦っていて。
その声に驚いた蘭怜ちゃんは、大声で泣き出す。
「ら、蘭怜様……っ」
慌てて、泣き止ませようとするけれど、手を振り払われて、打つ手もなくて。
ただ、混乱している若琳に蝶雪が寄り添うので、回廊のど真ん中で泣く幼子を、翠蓮は抱き上げた。
「お姉ちゃんは、泣いちゃダメだよ~?」
背中を撫でてやり、涙を拭ってあげる。
「若琳は怒ってないよ。大丈夫、大丈夫」
すると、それで落ち着いたのか、しゃっくりをあげながら、泣き止んだ蘭怜ちゃん。
「フフッ、可愛いね」
頬を指でつつくと、楽しそうに笑う。
蘭怜ちゃんを抱っこしたまま、若琳の傍によると、
「お願いしますっ、誰にも言わないで……っ!」
と、懇願してきて。
「……」
思わず、翠蓮達は呆然としてしまう。
「…………よくわかんないけどさ、私達、向淑妃に会いに来たんだよね。ほら、一度もまともな会話をしたことがなかったし……蘭怜ちゃんのことなら、誰にも言わないよ。隠して、育てているの?」
「……」
小さく頷く、若琳。
一応、表向きの身分は彼女も昭儀だし、二人揃ってだと、色々と問題があるから、こんな奥深まった場所にある蒼星閣で匿ってもらってるのかな?―あ、ところで、黎祥はこのことを知って……ないな、この怯え方からして。
お母様はどこ?、と、蘭怜ちゃんは言った。
つまり、産みの母親は、向淑妃。
驚きもしなければ、悲しいとも思わなかった。
頭の中で色々と考えたあと、
「向淑妃に会える?」
尋ねると、また、彼女は小さく頷く。
彼女たちを責める気も、
黎祥に告げ口するつもりもなかった。
ただ、知りたかった。
こんなにも幸せそうな子供を、この後宮で育て上げた彼女たちの努力を。
翠蓮は蘭怜ちゃんを抱っこしたまま、怯えた様子の若琳に続く。
(―どうでもいいけど、ここでも、皇后になったって勘違いされてるよね。これ)
敬わられる立場ではまだないと言おうと思ったけど、さすがに場違いだと思い、口を噤んだ翠蓮だった。