mirage of story
"................彼女のことが、気になるか?"
唐突に香る花の香りに深く想いに浸る。
彼女を想う。
すると今度は花の香りと共に、聞き覚えのある声が届く。
何も無い空間。
そこにはいつも何の香りも何の音も無い。
そのはずであるのに、どうしてしまったのだろう?
そう思いながらも、その声に意識を向ける。
"久しいな―――カイム"
ッ。
暗くもない明るくも無い無の空間に、パアァッと光が差し込んだ。
差し込む光、その向こうには声の主の影。
声の主は、もう世界の誰もが忘れ去ってしまったはずの名を―――そう、俺の名を呼ぶ。
水竜か。
心の中で声の主を呼ぶ。
澄み切った水を思わせる繊細な竜鱗を纏った肢体。
光に取り巻かれ現れた影は次第にはっきりと、その美しい姿を何も無いこの空間に現す。
そうか。
水竜、貴方は俺のことを覚えているのか。
誰からも何からも忘れ去られてしまったとばかり思っていただけに、その事実が嬉しく笑う。
"あの悲劇からもう幾年の時が過ぎた―――。
.........カイム、君には酷であった。
君はあの世界に、誰よりも必要な存在であったと言っても決して過言では無いというのに。
運命というのは、残酷なものぞ"
あぁ、久しぶりだ。
こうして誰かの声を聞いたのは。
こうして、自分に対して誰かが話し掛けてくれるのは。
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