mirage of story
いいや、いいんだ。
あのまま俺があの世界で生きることを望んだのなら、今あの世界は闇に飲まれていた。
人々の命は―――彼女の命は、今もう存在しなかった。
本来ならば赤子の時に失っていた命。
闇に囚われその身を奪われた哀れで優しい父に、生かされていた命。
そうであるのに、あれだけの時間を生きられたということに感謝すべきだよ。
言葉には出せない。
だけれど意識で水竜に言った。
"...........君は強い。
さすがは彼女が―――我の契約者が見初めただけの者だ。
そしてその彼女を見初めただけの者だ"
その言葉に少しだけ頬の辺りが熱くなるような感覚がした。
彼女が自分を見初めたというのは事実であるかは不明だが、後者は事実である。
そう自分は彼女を見初めた。
彼女に想いを寄せていた。
実際その時はそのような自分の意識に気が付かなかったのだけれど、今となっては判る。
自分は、俺は彼女を愛していたのだ。
だからこそ、戦いの中でも闇に世界が飲まれていくあの世紀末の中でも俺は彼女を守りたいと思った。
自分がどうなろうとも、彼女が傷付かないようにと本気で思った。彼女の幸せを思った。
それは今でも変わらないが。
.......でもそれだからこそ、彼女の中から自分の存在が消えてしまうことが辛くて仕方が無かった。
何よりも怖かった。
今、彼女は戦いが終わり闇も消えて人間も魔族も共に手を取り合い生きる世界で生きている。
その中心となって強く儚く、そして美しく幸せに笑っているはずだ。
彼女が幸せであること。
望んだのは自分自身だけれど、その彼女の幸せの中に自分の存在が無いということを感じれば感じる程に切なくなる。
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