mirage of story
此処から逃げる。
唐突すぎる彼の言葉。
シエラには、彼の言っていることの意味も意図も分からない。
このアトラスの街に来たのは今日この日。
情報も集めたいし、必要な物だって揃えたい。
別に危機が迫っている訳でも無い。
今すぐ此処から逃げなければならない理由が見当たらない。
―――――。
だがジェイドの口調は、そんな彼女の思いなど聞き入れない。
有無言わせない彼の内からの威圧感に、シエラは頷くしかない。
意味も判らず逃げるというのは癪だが、きっと彼には自分にそうさせる理由があるのだと彼女は自分を納得させた。
「この宿から出たら、大通りに出てひたすら東に走ればいい。
そしたら少し開けた場所に出る。
その場所に出たらそのまま走り抜ければこの街を抜けられる、街を抜けたら出来るだけ此処から遠ざかるんだぜ?」
言う通りにしようと、カイムの居る部屋へと向かう彼女にジェイドは振り向かないままに、そう言った。
「はい.....」
ガチャンッ。
彼女はその声を後ろに聞きつつカイムの居る部屋の中へと入っていく。
「─────行ったか」
ドアの閉まる音。
シエラが部屋から出たことを確認して、未だ逸らさない視線の先に居る相手の顔を改めて見る。
ジェイドの目の前の相手―――キトラの顔に浮かぶのは驚きでもあり喜びでもあり、また戸惑いでもあった。
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