mirage of story
「........ッ」
込み上げる欲望。
抑えられぬ衝動。
指輪が指へと運ばれて、はめられる。
だが、その瞬間。
ずっと昔から言い伝えられてきた世界の終わりと、力へと欲望で己の身を滅ぼしたという一人の哀れな者の話が頭を過り、指輪と指が重なる寸前のところで動きが止まった。
「.....駄目だ」
魔族の王であるその人は、衝動に震える手を抑えて
今まさに重なろうとしていた指輪と指を、無理矢理に引き離した。
――――カランッ。
引き離したその衝撃で指輪は手から離れて、倉庫の少し埃っぽい床の上に乾いた音を立て落ちる。
指輪はコロコロと床の上を転がり、部屋の隅に置かれた棚に当たってカタンッと止まる。
「この指輪をはめてしまえば....あの過去を繰り返すこととなる。
我らが祖先から伝わる戒めを―――破るなどということは、あってはならん」
わなわなと震える手。
指輪を見つめる瞳には、好奇心の上に重ねられた恐れの色。
古から先人の教え。
それは無駄ではなかったようだ。
魔族の王であるこの人は、指輪をその指にはめることをしなかった。
沸き上がった指輪への好奇心。はめてみたいという衝動。
それよりも先人から伝えられた人の犯した罪と、その罪の先にある世界の行く末への恐怖感が勝った。