mirage of story
王が他者の前に跪くなど、本来ならあってはならないこと。
王たる者。威厳がなくては、務まらない。
威厳のない王など、民が付いてくるはずもないのだから。
だがこの水竜からは、今まで自分が保ってきた張りぼての脆い威厳とは違う、本物の威厳を感じて
今まで自分が保ってきた威厳など、そんなものが馬鹿らしく感じられて魔族の王であるその人は、気が付けば無意識のうちに水竜へと跪いていたのだった。
『......顔を上げよ。
今はもう我等は、人の力なくしてはこの世界で何も出来ぬ無力な身。
もはや、敬われるような存在ではないのだから』
跪く人の悔恨の言葉に、水竜は静か且つ穏やかな瞳で暫らくその人を見つめ、そして瞳に比例するような穏やかな声で語り掛ける。
『我等はお主ら"人"にこの世界を託した。
我等の力がこの世界で及ばぬ今、人の力でこの世界を守っていかねばならぬ。
故に、人の果たすべき役割の手助けをするために指輪の中に封印した我等の力は人の手によって解き放たれ、解き放ったその者に我等は付き従うこととなっている。だが.....』
水竜の声は、続く。
『.....心悪しき者がこの指輪を手にし、過去のような悲劇を再び起こすようなことはあってはならぬ。
そのために、我等は人と途切れぬ均衡を保ったままで居なければならぬ。
だから我等はあの悲劇以来、人とは深く関わらぬようひっそりと存在してきた』