mirage of story
スッ。
そんなことを考えていると、無意識のうちに足が前に出た。
男に近付く。
現実ではないはずなのに、足の裏には踏みしめる地面の感触。
この空間の中には俺とその男と抱かれた赤子。
その距離は縮まる。
「............父さん」
思わず言葉が出た。
もう自分と男の距離はすぐそこ。
手を伸ばせば届く。
なのに彼には俺の姿も見えなくて、声も聞こえなくて。
俺の声が虚しく消える。
彼は......男は、父さんはただ何処か遠く空の一点を見つめるばかり。
近付いて横顔ながらもその表情がはっきりとする。
顔は黒い髪にほとんど隠れて見えないが、表情は見て取れた。
父さんは、泣いていた。
雨に紛れてその涙は見えないけれど、その表情は悲しく沈み絶望していた。
到底、赤子が生まれて喜びに浸る父親の姿には見えはしなくて、俺は言葉を失う。
「どうしてこの人は、父さんは泣いているんですか.....?」
俺はどうにも堪らなくなって、水竜に訊ねた。
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