mirage of story











スッ。

そんなことを考えていると、無意識のうちに足が前に出た。




男に近付く。
現実ではないはずなのに、足の裏には踏みしめる地面の感触。

この空間の中には俺とその男と抱かれた赤子。
その距離は縮まる。


















「............父さん」



思わず言葉が出た。

もう自分と男の距離はすぐそこ。
手を伸ばせば届く。





なのに彼には俺の姿も見えなくて、声も聞こえなくて。
俺の声が虚しく消える。










彼は......男は、父さんはただ何処か遠く空の一点を見つめるばかり。







近付いて横顔ながらもその表情がはっきりとする。
顔は黒い髪にほとんど隠れて見えないが、表情は見て取れた。






父さんは、泣いていた。

雨に紛れてその涙は見えないけれど、その表情は悲しく沈み絶望していた。


到底、赤子が生まれて喜びに浸る父親の姿には見えはしなくて、俺は言葉を失う。




















「どうしてこの人は、父さんは泣いているんですか.....?」



俺はどうにも堪らなくなって、水竜に訊ねた。









.
< 880 / 1,238 >

この作品をシェア

pagetop