mirage of story













"人というものは色々な時に泣く生き物だ。

悲しいとき、嬉しい時........色々な時に色々な涙を流す。
自分のため、また他人のために。


そして君の父親は――――今息子のため、君のために泣いている"







泣いている。
父さんが泣いている。

生まれたばかりの俺を抱え、その俺のために父さんが泣いている。




だが理由が分からない。

俺がこの世に生まれてきて、嬉しいのか。そうでなくて悲しいのか。
その涙の意味は、此処から見ただけでは分からない。





涙の意味。
父さんの涙が意味するものを、俺は水竜に聞こうとした。

だが何故か言葉が出ない。
水竜も恐らくは俺の聞こうとしていることを知っているだろうに、敢えて何も言いはしない。



何ともいえないような沈黙が、この場を流れる。
ただ降りしきる雨の音しか聞こえなくて、そんな中で変わらない光景をただ瞳に映し続ける。
























――――ボオォォッ。


幾らかの間の沈黙が続き、降り続ける雨の音がよくやく耳に慣れてきた。

その中、唐突に響く明らかに雨の音とは違う異音。




ずっと見ていた父さんに異変は見当たらない。

ただ先程と何にも変わらず、何処か遠くの空を―――――。

















「空が.........」




空が、雨雲に覆われ鉛色の空がパックリと割れている。

雲と雲が何かを避けるように割れ、その隙間には鉛色より遥かに黒い漆黒の闇。
そこに在るのは、雲の上に広がるはずの晴れ間ではない。









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