mirage of story
楽しかったのは、幸せだったのはちゃんと覚えているのに。
どうして、その顔を思い出すことが出来ないのか。
......大好きだった、父の顔を。
「.........父さんとの思い出は一杯ある。
小さい頃、遊んでもらったこと。色んなことを話したこと。
沢山とは言えないかもしれないけど、それでも俺の中には父さんと過ごした小さな時の思い出がはっきりとあります」
だけど。
......だけど。
「だけど、その記憶のどれにも無いんです。
大好きだったはずの父さんの顔が。姿が。
まるで靄がかかったように、思い出すことが出来ません......どうしても」
"..........."
「俺の中に在る父さんの最後の記憶は――――あの日、父さんが俺と母さんを置いて俺達の元を出て行った日。
あの時、俺達に一方的に別れを告げて出て行く父さんを俺は追い掛けて追い掛けて.......でも追い付けなくて」
待って。
待ってくれ。
......行かないで。
置いていかないで、父さん。
俺の中にある父さんとの最後の記憶。
それは最も記憶に深く刻まれ、そして何よりも悲しい記憶。
その光景は夢にまで見る程、鮮明に思い出せるのに。
どうしてもその時の父さんの顔は、頭の中に浮かんでこない。
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