俺様外科医と偽装結婚いたします
思い返すたび、胸の奥がじわりと熱くなり、気が付くと口元が緩んでいる。
この二時間、環さんに振り回されたというのに、なぜかあまり不快に感じていない。
心に残る余韻は、むしろ楽しかったという明るい感情。
この気持ちをどう捉えるべきか戸惑う私の眼前に突然大きな手の平が現れ、思わず息を飲む。
「ぼんやりしてないで、俺の話を聞け」
「えっ? ごめん、何?」
目を大きくさせて環さんを見ると、彼はハンドルに左手を戻し、小さくため息をついた。
「近いうちに連絡する。当日も俺が迎えに来るから、そのつもりでいるように」
「うん。分かった……連絡待ってる」
こくこくと頷きながら前方へと顔を向けると、ちょうど信号が赤に変わり、車が緩やかにスピードを落としていった。
ふたつ先の信号を右折すれば、五分もかからずにコスモスにたどり着く。
あと少しで家に着くと分かると急に胸が重苦しくなっていった。
感じているのは……名残惜しさ?
親しみや楽しさとか、彼に余計な感情を抱くべきではない。
この縁に続きはない。のちのち断ち切る関係。
最初から分かっていたはずなのに、これから訪れる未来が少し怖かった。