俺様外科医と偽装結婚いたします
環さんからどれにするかと目配せされたけれど私は軽く首を横に振り、テーブルの端に並んでいるダイアモンドカットが美しく入ったグラスへと手を伸ばした。
中身は烏龍茶だ。この場でお酒を飲んだら、居心地の悪さを紛らわせたくて悪酔いしてしまいそうで、とてもじゃないけれど手を伸ばす気持ちにならなかった。
「顔が引きつってるぞ、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないよ。場違い感が強すぎて萎縮しちゃうし、それに……」
みんなを騙していることも心が痛い。気持ちの全てを言葉に出来ず、私は環さんへと視線を送るだけにとどめた。
「……咲良」
「そこにいるのは環くんではないかい?」
心配そうに揺らいだ吐息と共に呼びかけてきた環さんの声が、続いた張りのある声にかき消された。
私に向けられていた彼の眼差しは、すぐに後方へと移動する。
「成木(なるき)さん、ご無沙汰してます。来てくださったのですね。祖父の唐突な思いつきに、こうしてお付き合いいただきありがとうございます」
環さんの朗らかな返事につられて私も後ろを振り返ったけれど、三秒も経たずに勢いよく顔を前方に戻した。
すぐ後ろで環さんと親しげに話している六十代前半の男性を、私は知っている。以前私が働いていた成木建設の代表取締役社長だ。