俺様外科医と偽装結婚いたします

横でズズッと靴底が滑った音がして改めて顔をあげれば、環さんが表情を強張らせて私を見つめていた。私は苦笑しながら、そっと環さんの腕を掴む。


「戸惑ったけれど、驚きはしなかった。彼とのやりとりからそろそろ身体を求められるだろうなって思っていたから。本当だったら話すのもままならないような相手なのに、私を好きになってくれて幸せにするって言ってくれるなら身を任せてもいいかなって思った」


そこまで言って、私は大きく首を横にふって否定する。


「でも、私が見ていたものはすべて幻だった。レストランをでて部屋に向かおうとしていた時、仲良しの同期の彼女が目の前に現れて」


私はあっと小さく声をあげて、その子は成木さんと親しくなったきっかけの昼食時に同席していた同期だと説明を挟む。


「その時まで知らなかったけれど、彼女は日本だけでなく海外でも有名な建築家の娘で、実は成木さんの婚約者だった。しかも数年も前から。私はあと少しで友人の恋人の浮気相手になるところだった」

「あの言い草なら、あいつはそのつもりで咲良に近づいたんだろうな」

「その通り。口論になって、成木さんからはっきりそうするつもりだったと言われて目が覚めた。もう絶対に彼とは関わらないって友人に誓って……それ以来、成木さんと連絡はもちろん言葉も交わさなくなったけど、友人との関係も元に戻らなかった。努力はしたけれど当たり前だよね」


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