俺様外科医と偽装結婚いたします
ふたりが車へと移動しているこの間に、逃げてしまおう。自転車は放置して、とりあえず……。
「すみませんが、一緒にこちらに来ていただけますか?」
朗らかなのにどことなく冷たく聞こえる声に呼び止められ、ぴたりと足が止まった。
恐る恐る振り返ると、いいから来いと言うように睨みつけられてしまった。
泣きそうになりながらとぼとぼふたりを追いかけていくと、後部座席に乗り込んだ銀之助さんが優しく笑いかけてきた。
「咲良さん、本当にありがとうございました。それではまたあとで」
「は? あとで? いったいなんのことだよ」
問いかけるも銀之助さんに微笑みで誤魔化され、環さんは口角を引きつらせた。
バタリと車のドアを閉めると、こちらを見ているだろう銀之助さんの視線を遮るように、彼は私の目の前に立った。
「お前、あの時のストーカーだな」
「ストーカーじゃないから!」
「なぜおまえが祖父さんと一緒にいる。何の真似だ」
「たまたま通りかかっただけですけど!」
「たまたま? そんなの信じられるか!」
銀之助さんに聞こえないように声を押し殺して睨み合っていたけれど、私は取り返しのつかない約束をしてしまったことに気が付いて、項垂れるように俯いた。