この空を羽ばたく鳥のように。




 「あんたの負けよ、おさよちゃん」



 それまで傍観していたおますちゃんが口をはさむ。
 そうして私のそばに寄ると、八郎さまにニッコリ笑いかけた。



 「おさよちゃんだって、嘘はつくんですよ。ただ自分では気づいていないだろうけど、嘘が下手なんです。
 腹の中の考えがそのまま顔に表れるから、すぐ分かるんですよ」

 「おますちゃんたら!もう!」


 ついはずみでペチンとおますちゃんの肩を叩く。
 しかしうっかり手を出すところも「粗暴な女だ」と思われたのでは、と瞬時に青ざめる。



 「……ハハッ!」



 こらえきれずに、八郎さまが笑声をあげた。



 「たしかに!さよりどのは自分を偽れないお方のようだ!
 ではまた次回お邪魔するおりは、普段のさよりどのを見せて下さいね」

 「はあ……こんなのでよろしければ」

 「ええ、充分ですよ。それでは私はこれで」



 八郎さまは後ろを振り返り、みどり姉さまに辞去の挨拶をしてから、おますちゃんと私にも頭を下げると、笑顔を見せて帰っていった。

 その颯爽とした後ろ姿を眺めながらおますちゃんが言う。



 「おさきちゃんの兄君に負けず劣らずの殿方ね。
 あれが、喜代美どのの兄君の八郎さま?」

 「そう……」

 「このあいだはお会い出来なくて残念だったから、今日はお目にかかれて本当によかったわ。
 さすが喜代美さんの兄君。すがすがしい若者ね」



 みどり姉さまも満足そう。



 すがすがしい……そうね。すがすがしいけど……八郎さま相手だと、なんだか調子が狂う。
 まだたったの二回しかお会いしていないのに、私のことをすっかりご存知みたい。

 きっと、喜代美の言葉を すべて鵜呑みにされてるんだわ。
 話さなくていいのに、喜代美が実家で私のことをべらべら話すから。

 褒めてくれるのはありがたいけど、勝手な思い込みを相手に押しつけては困るじゃないの。


 はあ、と ため息が出た。



 「……おやおや。ここにも遅い春、到来かなあ?」

 「おますちゃん!」



 ニヤニヤ顔で私を窺うおますちゃんをジロリと睨み返したあと、恥ずかしくて顔をそらす。

 違うんだから。この顔の火照りは、八郎さまに普段のままの姿を見られて恥ずかしいからで。

 けして喜代美の言葉が嬉しかった訳じゃないんだから。










 ※笑声(しょうせい)……笑い声。

< 106 / 566 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop