この空を羽ばたく鳥のように。
けれど喜代美の手は動かない。
「母上。まずは母上からどうぞ」
にっこり笑って母上に先を譲ると、母上も頷いて素直に箸を取った。
ここで息子可愛さに なおも箸を勧めても、彼が自分の立場をわきまえて頑なに頷かないことを、母上も十分承知しているから。
「それじゃあ、お実家のほうがどんなお味か、いただいてみましょうか」
母上は重箱の中のあんこをひとつ自分の小皿に移すと、それを小さく切って口へ運ぶ。
味わうようにゆっくり噛みしめると、母上は軽く眉をひそめた。
「……だいぶ 甘いわね。お実家では砂糖をふんだんに使ってらっしゃるのね」
当時砂糖は、庶民にも手に入り易くはなっていたが、やはり贅沢品には違いなかった。
実家の母君は喜代美の好物だからと、惜しまず砂糖を使ったのかもしれない。
離れているがゆえの母の愛情が伝わってくるような気がした。
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