打って、守って、恋して。
急いで否定しようとしたら、彼はお店のメニューを引っ張り出して指でたどりながら何かを探し始めた。
「この店って森伊蔵、置いてますかね?」
「え!?」
「今日ごちそうします」
「ちょ、ちょっと待ってください!私がごちそうするとは言ったけど、ごちそうしてもらうとは……」
「賭けってそういうものなのでは?ホームラン打てなかったんですから、俺がごちそうするってことで合ってるはずです」
二人で言い合っていたら、横から沙夜さんが面白そうなものを見つけたとばかりにニヤニヤと笑みを浮かべながら頬杖をついてこちらを見ていた。
「ねぇ、ちょっとお二人さん。いつの間にそんな約束してたの?」
「この間、帰りにちょっと話しただけですよ!」
「そういうのって二人で飲みに行った時にでもやれば?今は四人で飲んでるんだから、ごちそうするしないで揉めるのもねー」
そんな予定ないし!!
ムキになればなるほど沙夜さんの思うつぼだと気づいて、急いで藤澤さんの方を向いて首を振って見せる。
「あの、とにかく気にしないでください!森伊蔵は忘れてください!」
彼の返事を待たずして私はそれだけ言い切って、彼からメニューを取り上げた。
ファン心理というのは、複雑だ。
とにかく迷惑に思われたくないし、ミーハーとも思われたくないけれど、それでも近くで見ていられるなら見ていたいというわがままな気持ちになる。
そして、私と似たような人が他にもいるんじゃないかと思ってしまって、それがまた面倒な感情に繋がる。
こうして沙夜さんのおかげで二度も話せたのだから、それだけで満足しなくちゃいけない。
隣の沙夜さんから強めに小突かれ、小声で耳打ちされる。
「もう!もったいないよ!チャンス逃しちゃだめ!……朝から思ってたけど服だってなんでパンツスタイルなのよ!」
「寝坊して服を選ぶ時間がなかったんですー!いいんです、とにかく今はいっぱいいっぱいなんですから!」
私は沙夜さんとは違うんですー!と最小限に抑えた声で抗議して何事もなかったように向き直り、飲みかけのビールをぐいっと飲み干したのだった。