打って、守って、恋して。
「石森さんは帰りますか?」
唐突に尋ねられて、思わず答えに詰まる。
藤澤さんは腕時計で時間を確認していた。
「ここからだと自宅に帰るのはタクシーですか?地下鉄ですか?」
「地下鉄ですけど、でも」
言っていいものか迷う。
ほのかに心の中で揺らぐ微かな気持ちを、今ここで見せてもいいのかどうか。
でも、の続きを待っている様子の藤澤さんの表情は、たぶん何も考えてなさそうなものだった。
まだ一緒にいたい、って言ったら困らせるかな。
言い方を変えたらいいだろうか?
「まだもう少し、時間があるんです、私」
遠回しすぎたかも、と後悔しながらも続ける。もはや彼の顔は見ずに思いっきり顔を背けながら。
「ご迷惑じゃなければ、あの」
「どこかで俺たちも飲み直しますか?二人だから、森伊蔵でも」
びっくりして顔を上げたら、藤澤さんと目が合った。
ここでまだ森伊蔵が出てくると思わなかったし、向こうから言い出してくれるとも思っていなかった。
ふと笑う彼の優しそうな目元が、私の心をぽっと明るく染めた。
「森伊蔵じゃなくてもいいです」
「あれって実際のところ、一杯いくらするんだろう?」