剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
 後日、仕事を終えた後に一度自室に戻ってから、今日はアードラーの部屋にてセシリアは膨大な書物と格闘していた。

 普段、自分の作業する机は別にあるのだがスペース的に手狭なのもあり、応接用の長いソファに腰掛け、テーブルの上に大量の本や書類などを置いている。

 部屋の主であるルディガーはおらず、皆が寝支度を済ませる時間帯なので人の気配もない。なのでドアの向こうに何者かが立ったとき、セシリアはすぐに気づいた。

 顔を上げたのと同時にノック音が響き、セシリアは迷いながらも返事をする。それを待ってドアがゆっくりと開かれた。

「夜分遅くにすみません、セシリアさん。少しかまいませんか?」

 顔を出したのはスヴェンの妻、ライラだった。意外な人物の来訪にセシリアは目を丸くする。

「どうされました?」

 とりあえず中へ促すと、ライラは木製の小さな台車を押してきた。カップが二セット。彼女の得意なお茶を淹れる器具が乗っている。

「お茶を飲みたくなったんですが、自分のためだけに淹れるのもなんなので、よかったらご一緒してもらえませんか? スヴェンは今晩、遅くなるみたいですし」

 申し訳なさ気に、そして不安そうにライラはセシリアを窺う。ライラは白くて薄い夜着に赤茶色のローブを羽織って後は寝るだけといった格好だ。

 セシリアはふっと微笑んだ。

「ありがとうございます。私も少し休憩しようと思っていたのでいただきます」

 セシリアの返答にライラはぱっと花が咲いたかのごとく笑顔になる。深緑を連想させる穏やかな緑の瞳が細められた。
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