剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
 その日を境にルディガーは空いた時間にセシリアの様子をよく見に来るようになった。彼の前で泣いたのもあるのかもしれない。

 余計な心配をかけるのは申し訳なく思いつつも彼に会うとセシリアの心は落ち着いた。

 限られた自由な時間を自分よりも婚約者のために使うべきなのではないかとも思ったが、そこまでは踏み込めない。

 幼い頃、なかなか帰って来ない父の不満をルディガーに漏らしたことがある。寂しくて、母が可哀相だと嘆くとルディガーは笑ってセシリアの頭を撫でた。

『きっと結婚したら、俺も奥さんを待たせてばかりなんだろうな』

 そのときは、彼に婚約者がいるとは思ってもみなかった。夜警団に入るのを志しているルディガーは純粋に父と似た境遇になるのだろうと理解できたが。

『でも帰る場所があるのは幸せだよ。シリーやシリーのお母さんが家で待っているから、師匠(せんせい)もなにがあっても帰って来ようって思えるんじゃないかな?』

 優しく諭され、そういうものなのかと渋々頷く。なぜかルディガーの話は昔から素直に聞けた。

『シリーの家族は俺の理想だよ』

 そんなふうに言ってもらえて、沈んでいた気持ちはあっというまに浮上する。少しだけ父や母が誇らしくなった。そして、たとえ苦労や寂しさがあってもルディガーと結婚する相手は幼心にも幸せだと思えた。

 そう伝えたかったのに、間もなく母が亡くなりこの話題はふたりの間で出る機会はなかった。

 ルディガーはどんな人と結婚し、家庭を築くのか。エルザなら間違いなく彼の理想に適う相手だ。わかっているからつらかった。

 ところが、しばらくしてルディガーがエルザと婚約を解消した話を父から祖母を通して聞いた。なんでも彼女に他に好きな相手ができたのだという。

 元々、婚約話も親同士が知り合いだからまとまった話で絶対のものでもなかった。

 しかし結果としてルディガーは振られた形になる。セシリアは動揺する一方で責任も感じていた。彼の貴重な時間をエルザではなく自分に割いたせいではないかと。

 仮にそうだとしても、ルディガーがセシリアのせいと言うはずもない。以前のセシリアならルディガーの婚約解消を喜んだかもしれないが、今はそんな気持ちにはなれない。

 彼に対しどうこうしようとも、もう思わない。セシリアには大きな目標ができ、今はそちらで頭がいっぱいだった。
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