Stockholm Syndrome【狂愛】
「……死ねよ」
少女は無表情で腹から突き出たハサミを抜き、足で青年を仰向けに寝かせるとその心臓に三たびハサミを刺した。青年は声を漏らすことはなく、一目には穏やかな表情で眠っているようだった。
「……死ねって」
ハサミを引き抜き、もう一度彼の胸に刺す。少女は機械的にその動作を繰り返し、やがてゆらりと立ち上がって部屋の中を見回した。
防音板らしき白い壁の数箇所には血痕が飛び、乱れたベッド上のシーツには自身の喉から溢れた少量の赤い血が染み込んでいた。一つしかない窓は木の板で固く閉ざされ、床には少女の髪と血で覆われた監禁犯の死体が横たわっている。
むせ返るような血の匂いに気づき、少女は顔を歪めてよろよろと扉へ歩を進めた。
「……やっと帰れる」
扉を開け、少女は小さく笑った。
監禁生活の始まった日から、少女は青年の元から逃げるタイミングを伺っていた。
青年が眠ったであろう夜になればベッドから起き上がり、音を立てないように歩を進め、ほんの少しの望みをかけてドアノブを回す日々。
しかし、青年の警戒心は強く、鍵のかけられていない日は一日たりともなかった。
(このままじゃ、殺されるかもしれない)
どんなことをしてでも、少女は家に帰りたかった。
しかし彼女の思いに反して時間は刻々と過ぎ、視界を奪われた少女には、あれからどれほどの月日が流れたのかを知る方法さえなかった。
(……逃げなくてもいい……?違う違う違う、逃げなきゃ、逃げなきゃダメなの)
焦りと共にときおり浮かぶ悪魔の囁きに必死に抗い、少女は逃げる方法を考え続けていた。