Stockholm Syndrome【狂愛】
そんなある日、何気なく髪の先が傷んでいることを口にすると、予想に反して青年が髪を切ることを提案した。
……チャンスだ、と頭の中で声が聞こえた。
何がチャンスなのかもわからないままに青年の提案を受け入れ、彼女は邪魔くさい長い髪を切り落とすことにした。中学の時から伸ばしていた髪など今となってはどうでもよく、断髪をすることに躊躇いはなかった。
髪を切られている間、様々な感情が泡沫のように生まれては消えていく。
その時、ふと、この拘束を青年自身に外してもらおうという考えが浮かんだ。
拘束さえなければ、逃げられる自信はあった。逃げさえすれば、青年は逮捕されて全てが終わる。
『……ねえ』
『なに?』
『私がお願いをしたら、あなたは聞いてくれるの?』
言いながら、少女は以前に青年が語った一人の女性のことを思い出していた。
話を聞く限りでは、青年は彼女に騙されて重く苦しみに満ちた学生生活を送ったらしい。
しかし、本当に彼女は青年を憎んでいたのか。
(……そうか)
思いついたのは、諸刃の剣ともなるような計画。
青年を絶望させるためには、
(……私が、チアキになればいい)
計画の途中、青年にハサミを突きつけられた時は一瞬死を覚悟したが、少女は無意識のうちに言葉を発していた。
『好きだよ。愛してる』と。
それは青年がいつも、少女にかけていた言葉だった。
「……帰ろう」
扉を閉めかけた少女は、その隙間から覗いた青年の姿に三ヶ月間の日々を描く。
青年の最期の言葉を思い出す。
『あいしてる』
その言葉を、少女はしっかりと聞いていた。