365日のラブストーリー
 歩みを緩めて、有紗は大きく息をつく。鼓動が速い。駆けたからなのか、それとも久しぶりに神長の姿を見たからなのか。

 鉢合わせになってしまったあの日から、もう随分顔を見ていない。基幹システム開発の大部分は完成して、今は出向にくるのも週に一、二回。進捗の確認くらいなのだそうだ。これは宇美からの情報だ。彼は今別の仕事で忙しくしているらしかった。

 有紗はそのままブラフ十八番館に向かった。ひとりでゆっくりと見学をしながら、神長に教わった家具の話を思い出した。

二階のサンルームから、早くも日が落ち始めた庭園を眺めていると、なぜだか涙がこみ上げてきて仕方なかった。有紗はコートのポケットからスマートフォンを取りだした。一枚だけ持っている、西洋館での写真は未だに消せずにいる。

(この写真を撮ってくれたご夫婦には、なんだか申し訳なかったな。わたしに優しい言葉までかけてくださったのに)

 ごめんなさい。心の中で謝罪して、もう一度神長の姿を見つめてから写真を削除した。

(これで、少しは覚悟ができたかも)

 約束の時間の五分前に着くように、とぼとぼと歩きながら待ちあわせの改札まで戻ると神長がいた。手には革のビジネスバッグと霧笛楼の紙袋を提げている。
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