365日のラブストーリー
 有紗はしぶしぶ神長の手につかまった。ポケットの中にずっと入れていたわけでもないのに、彼の手は温かい。

「意味は一つだけではないでしょう。少なくとも綿貫さんにとっては。それとも、見知らぬ誰かの決めたルールに従いたい気分でしたか?」

 なんとなく意地の悪い聞き方は、神長らしくない。あらためて顔を見上げるが、表情はいたって穏やかだ。

「これから会う約束をしているというのに、逃げられるのは良い気分ではないですね」
「えっ……あ」

 霧笛楼で見かけたときのことを言ったのだろう、走り去る姿を見られてしまっていたようだ。だから改札で会ったときに五分前に着いたというのに「早かったですね」と声を掛けてきたのだ。要は皮肉だ。

「俺に会いたくはないけれど、どうしても言わなくてはならないことがあったから、仕方なくここに来た。そういう感じですかね」
 怒るでもなく、ひとり言のように淡々とつぶやく神長に、

「違いますっ。違わないかもしれないけど……、でもちょっと違うんです、うまく言えませんが」有紗はしどろもどろになりながら弁解する。
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