わたし、BL声優になりました
 黒瀬は収録室へ入ると、先に待機していた人物に、右手を軽く上げて挨拶をする。

「来るの遅かったね。ボクをあまり待たせないでよ」

 相手は一度だけ黒瀬に視線を移すも、すぐに台本へと逸らして、少し刺の含んだ言葉を放った。

「悪かったな」

 黒瀬は彼の言葉に害したわけでもなく、素直に謝罪をして椅子に座った。

 おそらく、黒瀬が声を掛けた相手が『緑川ウグイス』という人なのだろう。

 緑川ウグイスは、明るめの茶髪に、どこか幼さを残した顔立ちと、鼻にかかるような甘い声が特徴的で、良い意味で黒瀬とは正反対の、中性的で優しい雰囲気を持った人物だった。

 街中を歩けば、芸能関係者から数多のスカウトを受けそうな華やかな見た目だが、どうやら少し口が悪いらしい。

 もしかしたら、これが黒瀬との普段の会話なのかもしれないが。

 ゆらぎが挨拶をするタイミングを見計らっていると、不意に緑川と視線が合ってしまい言葉に詰まる。

「……ん? 君は誰。新人?」

「えっと……はい。白石護です。今日から、よろしくお願いします」

「うん、よろしくね」

 意外とまともな挨拶が返ってきた。
 てっきり、悪態をつかれるのかと思っていたので、拍子抜けした。

 緑川は可愛らしい顔で優しげに微笑した。
 その笑みは女性が見たならば、確実に恋に落ちてしまうような、エンジェルスマイルだった。

 これは危ない。
 迂闊にも照れてしまうところだった。
 
 男装している身としては、不用意に感情を出して、女性だということを気付かれてしまうことは、なんとしても避けたい。

 密室で男性二人と男装女子が一人。

 今日から約二週間。
 地獄の収録期間が幕を開けた。

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